
新型コロナウィルス感染症(COVID-19、以下「新型コロナ」)によって、「オンライン診療」をはじめとする医療のDX(デジタルトランスフォーメーション=ITで人の生活を改善させる)が注目を集めている。
眼科専門医であり、遠隔医療やデジタルヘルスの可能性を追求してこられた医師の加藤浩晃先生に、その現状と未来を尋ねた。
──今回の新型コロナの流行で、「オンライン診療」についての関心が高まっています。これまでも2018年度の診療報酬改定でいくつかの疾病に対して「オンライン診療料」が新設され、2020年度の改定で対象が広がってきたなかで、厚生労働省が4月10日から時限的に初診から電話・オンラインでの診療を可能としました。
加藤:まず、これまで私たちが使ってきた「オンライン診療」という言葉は、専門のシステムなどを使った「テレビ電話診療」の意味だったのですが、この4月10日に厚生労働省から出された通達では、オンライン診療の言葉の意味が「電話診療+テレビ電話診療」に変わってしまったんです。
厚生労働省がホームページ内に「新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえたオンライン診療について」というリストを作って、全国1万2000件ほどの対応医療機関のリストを紹介していますが、ほとんどは電話診療のクリニックで、テレビ電話診療をしているのは一部です。
外出自粛の時流のなかで、もちろんテレビ電話診療も増えてはきていますが、全国1万件以上のほとんどは電話診療なので、電話診療の分が増えた、ということが大きいと思います。
──今回の騒動で、患者さんたちからもオンライン診療に注目が集まりました。直接病院を訪れなくてもいい、というメリットは大きいと思うのですが。
加藤:そうですね。メリットを大きくふたつにわけると、ひとつは、治療の継続がしやすくなるということです。
治療の継続という部分を因数分解すると、さまざまな個別事情が出てきますよね。患者さんからしてみると、離れた場所にお住まいだったり、普段は寝たきりで病院に出てくるのが難しかったり。
わりと多いのは、糖尿病や高血圧など自覚症状が少ない病気だったりすると、途中で通院をやめてしまったりする患者さんもいる。患者さんの治療が継続しやすくなることで、症状が重くなる前に対処できます。
もうひとつは、院内感染などのリスクが防止できること。このふたつは、医師の側から見ても、メリットですね。
──なるほど。そのほかに、医療者への大きなメリットは何でしょうか。
加藤:正直なことを言ってしまえば、ないですね(笑)。
──とはいえ、関心が高まり、規制も緩和されつつある時期であるからこそ、オンライン診療が広まっていくチャンスだと思うのですが……。
加藤:その考え方は危険だと思います。私はもちろんオンライン診療を推進している人間ですが、「はやっているから導入する」ではなく、オンライン診療を導入する診療所が「患者さんにどういった医療を届けたいのか」ということを考えていかないといけない、そういう時代の転換点にきていると思うからです。
まず、この新型コロナにおける緊急事態宣言が出されて、病院でも受診者数が減りました。それで、患者さんが少なくなったクリニックが、その場しのぎ的にオンライン診療を導入するケースも多いのではないかと思うのです。そして、そういう考えのクリニックは、コロナが収束したらオンライン診療をやめてしまうだろうと思います。
──コロナがある程度収束したら、今までどおり患者さんが戻ってくるだろう、と思っているということですね。
加藤:ですが、私はそんなことはないと考えています。現在、街にも少しずつ人が戻りつつありますよね。それで、病院にも人が戻りつつあるか、といえば、そんなことはないんですよ。もちろん手術・処置や急病などの患者さんは変わらずにいらっしゃいますが、ちょっとした風邪など一般的な外来の患者さんは戻ってきていないように見受けられます。
つまり、「不要不急」の患者さんは戻ってきていない。これは病院に限らず、社会全体の意識が変化している。時代の転換点だと思うんです。
──確かに、この緊急事態宣言で社会をいったん静止させてみたら見えてきたものは大きいですね。
加藤:これまで通院していた患者さんも「本当に病院へ行かなければいけないのか」と思い始めている。
そういった時流のなかで、医師の立場として考えるべきことは、理念だと思うんです。なぜ自分が開業しているのか、なんのためにクリニック経営をしているのか、もっと言えばなんのために医療を行うのか、ということです。
となれば、自分たちのメリットより患者さんのメリット──先ほど申し上げた、継続治療の点や感染リスクの防止──をとるのは自明ですよね。私は、そうした理念を持たない医師、クリニックは、これから先は生き残っていけないのではないかと思います。
──加藤先生は著書『医療4.0』において、国民皆保険制度で現在の医療体制の基礎ができた60年代が1.0、今につながる介護施策が進んだ80年代を2.0、2000年代以降の電子カルテをはじめとした医療のICT化が進んだ昨今の医療を3.0と定義して、この先の医療は、第4次産業革命に関連したテクノロジーを活かした「医療4.0」の時代である、と書かれています。
加藤:そうですね。まだ多くの医療現場は3.0、つまり「デジタル化」で止まっています。デジタルツールをつぎはぎで導入している状態です。これから先、医療4.0の時代には、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)化が必要なんです。
──DX、つまりITによって、人々の生活を改善させるという意味ですね。
加藤:はい。次の時代に患者さんから必要とされるために、DX化は必須だと思います。
患者さんにとって、これからのかかりつけ医は「今日はどうしましたか?」ではなくて、IoT機器で自分の健康状態をモニタリングしてくれて、診療時にはその状況がわかっている、というようになるのではないでしょうか。
こうしたDX化の大事なツールのひとつ、大事なアプローチのひとつがオンライン診療です。患者さんを健康にしていくためのツールのひとつがオンライン診療なのであって、オンライン診療の導入を目的にしてはいけないんです。
──時代の変化、ということでいうと、加藤先生は「2030年には、オンライン診療は必ず一般的な診療スタイルとして選択肢に入ってくる」(『医療4.0』)とおっしゃっていました。
加藤:はい。オンライン診療をはじめ、医療のDX化は間違いなく近い未来です。ただ、今回の新型コロナによって、その未来は若干早回しになったのではないかというのが僕の見立てです。今回のコロナによって課題が顕在化したと考えています。先ほども申し上げましたが、今まさに、時代の転換点なんです。
DX化は医師、クリニックにとって労力もコストもかかりますし、患者さんが慣れるまでに時間もかかるでしょう。時代の変化を受け入れるには、痛みが伴います。ただ、その未来にいつ足を踏み入れ、痛みを受け入れるか。そのためにももう一度、医師として、クリニックとしての理念を思いかえすべきだと考えています。
眼科専門医であり、遠隔医療やデジタルヘルスの可能性を追求してこられた医師の加藤浩晃先生に、その現状と未来を尋ねた。
■オンライン診療、患者側のメリットと医療側のメリット
──今回の新型コロナの流行で、「オンライン診療」についての関心が高まっています。これまでも2018年度の診療報酬改定でいくつかの疾病に対して「オンライン診療料」が新設され、2020年度の改定で対象が広がってきたなかで、厚生労働省が4月10日から時限的に初診から電話・オンラインでの診療を可能としました。
加藤:まず、これまで私たちが使ってきた「オンライン診療」という言葉は、専門のシステムなどを使った「テレビ電話診療」の意味だったのですが、この4月10日に厚生労働省から出された通達では、オンライン診療の言葉の意味が「電話診療+テレビ電話診療」に変わってしまったんです。
厚生労働省がホームページ内に「新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえたオンライン診療について」というリストを作って、全国1万2000件ほどの対応医療機関のリストを紹介していますが、ほとんどは電話診療のクリニックで、テレビ電話診療をしているのは一部です。
外出自粛の時流のなかで、もちろんテレビ電話診療も増えてはきていますが、全国1万件以上のほとんどは電話診療なので、電話診療の分が増えた、ということが大きいと思います。
──今回の騒動で、患者さんたちからもオンライン診療に注目が集まりました。直接病院を訪れなくてもいい、というメリットは大きいと思うのですが。
加藤:そうですね。メリットを大きくふたつにわけると、ひとつは、治療の継続がしやすくなるということです。
治療の継続という部分を因数分解すると、さまざまな個別事情が出てきますよね。患者さんからしてみると、離れた場所にお住まいだったり、普段は寝たきりで病院に出てくるのが難しかったり。
わりと多いのは、糖尿病や高血圧など自覚症状が少ない病気だったりすると、途中で通院をやめてしまったりする患者さんもいる。患者さんの治療が継続しやすくなることで、症状が重くなる前に対処できます。
もうひとつは、院内感染などのリスクが防止できること。このふたつは、医師の側から見ても、メリットですね。
──なるほど。そのほかに、医療者への大きなメリットは何でしょうか。
加藤:正直なことを言ってしまえば、ないですね(笑)。
■オンライン診療の前に、医師・クリニックとしての理念を
──とはいえ、関心が高まり、規制も緩和されつつある時期であるからこそ、オンライン診療が広まっていくチャンスだと思うのですが……。
加藤:その考え方は危険だと思います。私はもちろんオンライン診療を推進している人間ですが、「はやっているから導入する」ではなく、オンライン診療を導入する診療所が「患者さんにどういった医療を届けたいのか」ということを考えていかないといけない、そういう時代の転換点にきていると思うからです。
まず、この新型コロナにおける緊急事態宣言が出されて、病院でも受診者数が減りました。それで、患者さんが少なくなったクリニックが、その場しのぎ的にオンライン診療を導入するケースも多いのではないかと思うのです。そして、そういう考えのクリニックは、コロナが収束したらオンライン診療をやめてしまうだろうと思います。
──コロナがある程度収束したら、今までどおり患者さんが戻ってくるだろう、と思っているということですね。
加藤:ですが、私はそんなことはないと考えています。現在、街にも少しずつ人が戻りつつありますよね。それで、病院にも人が戻りつつあるか、といえば、そんなことはないんですよ。もちろん手術・処置や急病などの患者さんは変わらずにいらっしゃいますが、ちょっとした風邪など一般的な外来の患者さんは戻ってきていないように見受けられます。
つまり、「不要不急」の患者さんは戻ってきていない。これは病院に限らず、社会全体の意識が変化している。時代の転換点だと思うんです。
──確かに、この緊急事態宣言で社会をいったん静止させてみたら見えてきたものは大きいですね。
加藤:これまで通院していた患者さんも「本当に病院へ行かなければいけないのか」と思い始めている。
そういった時流のなかで、医師の立場として考えるべきことは、理念だと思うんです。なぜ自分が開業しているのか、なんのためにクリニック経営をしているのか、もっと言えばなんのために医療を行うのか、ということです。
となれば、自分たちのメリットより患者さんのメリット──先ほど申し上げた、継続治療の点や感染リスクの防止──をとるのは自明ですよね。私は、そうした理念を持たない医師、クリニックは、これから先は生き残っていけないのではないかと思います。
■コロナによって、時代の変化が早回しになった
──加藤先生は著書『医療4.0』において、国民皆保険制度で現在の医療体制の基礎ができた60年代が1.0、今につながる介護施策が進んだ80年代を2.0、2000年代以降の電子カルテをはじめとした医療のICT化が進んだ昨今の医療を3.0と定義して、この先の医療は、第4次産業革命に関連したテクノロジーを活かした「医療4.0」の時代である、と書かれています。
加藤:そうですね。まだ多くの医療現場は3.0、つまり「デジタル化」で止まっています。デジタルツールをつぎはぎで導入している状態です。これから先、医療4.0の時代には、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)化が必要なんです。
──DX、つまりITによって、人々の生活を改善させるという意味ですね。
加藤:はい。次の時代に患者さんから必要とされるために、DX化は必須だと思います。
患者さんにとって、これからのかかりつけ医は「今日はどうしましたか?」ではなくて、IoT機器で自分の健康状態をモニタリングしてくれて、診療時にはその状況がわかっている、というようになるのではないでしょうか。
こうしたDX化の大事なツールのひとつ、大事なアプローチのひとつがオンライン診療です。患者さんを健康にしていくためのツールのひとつがオンライン診療なのであって、オンライン診療の導入を目的にしてはいけないんです。
──時代の変化、ということでいうと、加藤先生は「2030年には、オンライン診療は必ず一般的な診療スタイルとして選択肢に入ってくる」(『医療4.0』)とおっしゃっていました。
加藤:はい。オンライン診療をはじめ、医療のDX化は間違いなく近い未来です。ただ、今回の新型コロナによって、その未来は若干早回しになったのではないかというのが僕の見立てです。今回のコロナによって課題が顕在化したと考えています。先ほども申し上げましたが、今まさに、時代の転換点なんです。
DX化は医師、クリニックにとって労力もコストもかかりますし、患者さんが慣れるまでに時間もかかるでしょう。時代の変化を受け入れるには、痛みが伴います。ただ、その未来にいつ足を踏み入れ、痛みを受け入れるか。そのためにももう一度、医師として、クリニックとしての理念を思いかえすべきだと考えています。
<プロフィール>
加藤浩晃(かとう ひろあき)
2007年浜松医科大学卒業。専門は遠隔医療、AI、IoTなどデジタルヘルス。16年に厚生労働省に出向、退官後はデジタルハリウッド大学大学院客員教授、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSO、厚生労働省医療ベンチャー支援(MEDISO)医療ベンチャー支援アドバイザー、京都府立医科大学眼科学教室、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大学臨床准教授など幅広く活動。『医療4.0〜第4次産業革命時代の医療』(日経BP社)など40冊以上の著書もある。
加藤浩晃(かとう ひろあき)
2007年浜松医科大学卒業。専門は遠隔医療、AI、IoTなどデジタルヘルス。16年に厚生労働省に出向、退官後はデジタルハリウッド大学大学院客員教授、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSO、厚生労働省医療ベンチャー支援(MEDISO)医療ベンチャー支援アドバイザー、京都府立医科大学眼科学教室、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大学臨床准教授など幅広く活動。『医療4.0〜第4次産業革命時代の医療』(日経BP社)など40冊以上の著書もある。
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