治療・手術
Medical DX編集部 2020.8.13

ゲノムががん治療を変える!「オンコパネル システム」とゲノム医療の可能性

近年、研究が進み、注目を集めている領域のひとつに、ゲノム医療がある。日本でも医療機器・試薬メーカーであるシスメックス株式会社(以下「シスメックス」)と国立研究開発法人 国立がん研究センター(以下「国立がん研究センター」)が共同で開発した「遺伝子変異解析セット(がんゲノムプロファイリング検査用)OncoGuide™ NCC オンコパネル システム(以下「オンコパネル システム」)」が、2019年6月から保険適用されている。

薬学博士であり、シスメックスでがんや心疾患、認知症などの診断技術の研究・開発などに携わってきた吉田智一上席執行役員に、「オンコパネル システム」の特徴や、ゲノム医療の未来について聞いた。

■国産初のがんゲノムプロファイリング検査用システムが誕生した背景


――まず、「オンコパネル システム」に取り組むことになったきっかけや意図を教えてください。

吉田:2013年に国立がん研究センターとがんの診断薬開発に向けた包括的な連携契約を結んだことに始まります。国立がん研究センターにおけるがん研究の成果を、シスメックスが有する臨床検査技術およびその実用化ノウハウを用いて、実際の臨床現場における医療行為で活用可能な仕組みや診断システムへと変換するという取り組みから「オンコパネル システム」が生まれました。

現在も、がんにおける診断や治療方針の検討・確定には、手術などで患者さんから摘出したがん組織を用いた検査が行われています。一方、がん組織が摘出できない場合は検査が行えないとともに、がん組織の摘出自体が患者さんへの身体的負担となることが課題となっています。

そのため、がん組織を用いた検査は、がんの早期発見や治療効果のモニタリングなどのように、任意のタイミングかつ複数回にわたって検査を実施する用途としての活用が難しいとされています。シスメックスと国立がん研究センターは、このようながん組織を用いた検査だけでは解決することが難しいがん関連検査の課題を解決すべく、血液などの体液を用いて検査を行う「リキッドバイオプシー」という診断技術に関して、多くの共同研究を行ってきています。

このような活動を進めるなかで、組織を用いた検査に対しても、アメリカなどで先行しているゲノム配列を高速で解読できる次世代シークエンサーを使ったがんゲノム医療やこれに欠かすことのできないがん遺伝子検査を、日本でどのように実現していくかという議論があり、「オンコパネル システム」の実現に向け、国立がん研究センターの先生方と共同研究・開発、薬事申請、そして実際の臨床現場における活用開始までをご一緒させてもらいました。

がんゲノム医療において、がん遺伝子の変異の有無だけではなく、どの遺伝子がどのように変異しているかという点に基づいて治療が実施されるというのは世界的な潮流でもありました。これから日本でもそうならねばならないという考えから、われわれメーカーとしても実際に共同研究・開発を開始したという流れになります。

――「がん遺伝子がどのように変異しているのか」というお話でしたが、がんと遺伝子の関係をもう少し説明していただけますか?

吉田:がんは、ウィルスの感染や紫外線などの刺激によって遺伝子に傷が入ることで生じると考えられています。遺伝子に傷が入ることで、遺伝子の制御が利かなくなり、増え続ける細胞や、死ににくい細胞など、異常な機能や性質をもった細胞が生じるとともに、この異常な機能をもった細胞が血管やリンパ管を通り、ほかの臓器に移動するなどの現象が体内で生じます。

細胞のこうした機能や性質は、細胞内の遺伝子に傷が入り、遺伝子の塩基配列が変異することによって獲得すると考えられています。たとえば、がんでは、“ATC”と並んでいなければいけない遺伝子の塩基配列が、“AGC”といった具合にまったく違うものになってしまいます。

このような遺伝子の変異から「なぜがんになるのか?」「どのようにしてがん細胞が増えるのか?」など研究が進んでおり、遺伝子の変異が、がんの特徴づけをしていることがわかってきています。

一方、治療薬は、がんの特徴に合わせて作られることが多く、その薬がなぜ効くのかというメカニズム解析から、どの薬で攻撃すればどのがん細胞を倒すことができるのかという治療のための研究も進んできています(製薬研究で実施するモード・オブ・アクションという)。

こうした知見が積み重なることで、以前であれば、肺なら肺、肝臓なら肝臓というように、臓器によって異なると思われていた遺伝子の変異が、臓器を超えて共通するものが存在することもわかってきました。つまり、がんが肺にあろうと肝臓にあろうと、同じ遺伝子の変異であれば、同じ薬が効く可能性があることがわかってきたのです。つまり、遺伝子の変異を把握することが、がんの治療方針の検討に大きく寄与することが明らかになってきたのです。

今回、吉田氏にはリモートで取材させていただいた

■「オンコパネル システム」は何が画期的なのか?


――なるほど、だから遺伝子の変異を把握することが大事なのですね。そこで「オンコパネル システム」によって、がんの遺伝子検査はこれまでとどのように変わったのでしょうか?

吉田:今回のコロナ禍でみなさんもうご存じだと思いますが、遺伝子検査では、遺伝子を増幅させることで測定しますが、その遺伝子を増幅する手法としてPCR技術が用いられています。これまで、このPCR技術を用いた検査(PCR検査)では、特定の遺伝子の変異を調べることが目的となっていたため、1回の測定で、特定の遺伝子変異の有無を調べるシステムが主流となっていました。そのため、10個の遺伝子を調べるためには10回検査する必要がありました。

しかし「オンコパネル システム」では、パネルという言葉どおり、数百個の遺伝子の状態を1回の検査で検出することができます。さらに、各遺伝子の塩基配列を確認することができる次世代シークエンサーを使用することによって、遺伝子がどのように変異しているかが詳細にわかるため、遺伝子の異常を網羅的に調べることができるようになったのです。

もうひとつ、「オンコパネル システム」の特徴としては、正常な遺伝子も一緒に解読できる点があります。これは、海外で行われているパネル検査にはない特徴で、異常な遺伝子と正常な遺伝子をセットにして読み込むことができるというのは、比較対象があるということなので、より正確に異常な遺伝子を見つけることができる検査になっているといえます。

――そうすると、「オンコパネル システム」を導入することによって、医療側にも患者側にも大きなメリットがありそうですね。

吉田:そうですね。医療側からすると、何回も実施していた検査が1回で終わるという効率性がまずあります。また、効果が確認できる可能性が高い薬を選択できるという、治療に対しての安心感を得られることも大きいと思います。

もうひとつは、データを蓄積することによって医療全体がより正しい情報をもつことができます。がん遺伝子についての情報が増え、その分析・解析が進むことは、がんを知ること、がんの治し方の種類が増えることにつながり、医学的・科学的な進歩にもつながります。

患者さん側からすると、これまでは望みがないと思われていた状態から、効果が期待できる薬を選択できる可能性や、次の治療を選択できる可能性を高められることが、もっとも大きなメリットだといえるでしょう。

また、遺伝子検査から何がわかり、どういう薬が効果的なのかといった情報を患者さんに説明するというプロセスも増えてくるため、患者さん自身の病気に対するリテラシーも向上します。病院側でも遺伝カウンセラーを導入することによって、がん治療において患者さんに寄り添う体制が提供できることも、メリットになるのではないでしょうか。

――がんゲノム医療はアメリカなどの海外のほうが進んでいるとも聞きますが、日本での「オンコパネル システム」の現状と今後の展望についてはどのように思われていますか?

吉田:たしかに、がんゲノム医療は海外のほうが進んでいます。いまの日本の保険医療において、「オンコパネル システム」は標準治療が終わった患者さんに対してのみ使用できることになっています。しかし海外では、治療を開始していない初期のがん患者さんに対しても遺伝子の変異を確認することによって、その結果に応じて薬を選択し、治療を行うという流れになってきています。

また、遺伝子変異やその治療薬を含んだ情報に関しては、アメリカなど、海外で情報が多く蓄積されているのも事実です。治療薬には、必ず、安全性、効果、副作用などに関する情報が求められますが、海外ではこれら情報を収集するための治験において、次世代シークエンサーが活用され、遺伝子変異と治療薬の関係性に関する研究が進んでいます。残念なことに日本はまだ、遺伝子変異と治療薬の関係性に関するエビデンスが少ないのが実状です。

「オンコパネル システム」をより広げていくためには、国内において“初期の患者さんに対する有効性”、“転移の有無”、“5年生存率の上昇”などといったエビデンスを蓄積していくことが必要になります。これはさまざまな医療機関や研究機関で研究が進んでいますので、その結果が出てくれば、より多くの患者さんへ「オンコパネル システム」を提供できるようになると思っています。そうすれば、がん特約などの保険でカバーされる対象患者さんが増え、さらに有用性が示されれば検査を利用可能な患者さんが広がるという循環が生まれるのではと思っています。

将来的には、患者さんのがん組織を精密に調べ、「この患者さんは3種類の遺伝子異常をもったがん細胞をもっているので、この3つの薬をこのタイミングで使いましょう」といったような世の中に変わっていくのではないかと思います。初期のがんから遺伝子検査ができれば、もしかすると、小さながんであれば薬だけで治療できるということにつながるかもしれません。

■大いなる可能性をもつゲノム医療を広めていくために



――ゲノム医療はがん以外にも大きな可能性をもっていると思いますが、ゲノム医療そのものの今後の可能性についてはどのようにお考えでしょうか?

吉田:遺伝子は、人体を構成するための設計図みたいなものです。この遺伝子情報を用いたゲノム医療は今後の医療や健康管理の屋台骨になっていくのではないかと考えます。

たとえばいまは遺伝子検査で、太りやすいであるとか、心臓病になりやすいといった情報を提供するものが出てきています。ただ、大事なことは将来の病気に対する可能性(リスク)を正しく把握できているかということです。遺伝子の発現調整は環境要因に影響を受ける可能性もあり、体内でその機能を発揮するためにタンパク質という形にならなければならず、遺伝子検査の結果は、あくまでその時点でのリスクでしかありません。

われわれは、遺伝子は現在のリスクを客観的に表すもの、つまりアセスメントするものであるとよく言います。そのリスクをモニタリングする手段が提供できないかぎり、いま太っていない、いま病気でないという場合、そのリスクを意識しない、忘れてしまいがちになります。

遺伝子を検査して病気のなりやすさなどのリスクを発見し、そのリスクをモニタリングしていくという流れができれば、ゲノムを使った医療は、がん以外の糖尿病や高脂血症といった慢性疾患や、死亡率の高い病気などに広がっていくのではと考えています。

そのためには、これまでお話しした遺伝子や治療薬の情報のみならず、生活習慣などを含めた各種データの収集に必要となるデバイス、蓄積されたデータから医療従事者や患者さん、その他関係者に対して信頼性が高く、臨床的にも有用な情報提供が可能なアプリケーションへのニーズが高まると考えます。また、これらのデバイス、アプリケーションに対してオープンな一方、膨大な機密データを蓄積・管理するセキュアなプラットフォームや、膨大な情報を時間・場所をとらわれず、ストレスなく提供可能なネットワーク技術も欠かすことはできないのではないでしょうか。

また、ゲノム医療が有効であるという社会的認知を高め、遺伝子に対する社会がもっている差別意識を払拭していく必要もあると思っています。そのためには、病気や治療に対するリテラシー、つまりヘルスケア・リテラシーが教育により広まっていく必要もあるでしょう。

現在は、ゲノムという言葉が小学校の理科の教科書にも掲載されていますので、これからは良い方向に変化していくと思います。がんゲノム、がん遺伝子という言葉を患者さん自身が言えるようになってくることで、本当に世の中は変わってくるはずです。PCR検査やiPS細胞のように社会的な認知度が高まることで、真の意味で一般化できるのではないでしょうか。そうした社会認知が広がれば広がるほど、ゲノム医療はいろいろな疾患さんに対して使われる可能性が高まっていくでしょうね。

<プロフィール>
吉田智一(よしだ ともかず)
シスメックス株式会社 上席執行役員、中央研究所長兼MR事業推進室長。
薬学博士を取得後、国立循環器病センター研究所での循環器領域研究、創薬研究立ち上げ・推進に従事。2001年よりシスメックス株式会社中央研究所にて、がん、炎症性疾患、慢性疾患、中枢性疾患領域での診断原理・実用化に携わる。2015年に中央研究所長に就任。2020年より現職。
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Medical DX編集部

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