治療・手術
加藤 泰朗 2021.11.30
杉本真樹医師に聞くXRの医療活用の未来像

XRの医療活用のロードマップ【vol.2】

CONTENTS
  1. ■「ナビゲーション」と「地図」の違い
  2. ■XRを活用する手術ナビゲーション
  3. ■手術を支える「ガイド」。その使用の最終的な責任は医師がもつべき
医師であり、Holoeyes社を共同創業し、医療画像解析や医療XRシステムなどの開発を手がける杉本真樹氏に、XRの医療活用の未来をお話しいただく本連載。第2回は、Holoeyes社が提供するサービスを中心に、近年利用が進む手術ナビゲーションについてうかがった。

【XRの医療活用のロードマップ vol.1】の記事はこちら


■「ナビゲーション」と「地図」の違い


ーー近年、手術ナビゲーションという言葉がよく聞かれるようになりました。

杉本:はじめに「ナビゲーション」という言葉の定義を明確にする必要があります。医療界での「ナビゲーション」という言葉の使われ方には曖昧なところがあり、①機器が位置や方向を示す機能のことか、医師が頭の中で誘導として利用する行為のことか、これらが混同されています。本来「地図」の意味で使う場合にも「ナビゲーション」が使われるというケースが見られます。

ナビゲーションと地図との決定的な違いは、自分の位置が表示されているかいないかです。ナビゲーションでは地図上に自分のいる位置が絶えず表示されますが、地図には自分の位置は表示されません。ちなみに、自分のいる位置から矢印などで方向を示すことは「ガイド」といいます。

ーーなぜ最近、用語の定義が議論されるようになったのでしょうか?

杉本:背景には、診療報酬の「K939 画像等手術支援加算」があります。

「K939 画像等手術支援加算」は、2008(平成20)年に新設された診療報酬です。2020(令和2)年度の診療報酬点数表の「K939 画像等手術支援加算」の項を見ると、「ナビゲーションによるものとは、手術前又は手術中に得た画像を3次元に構築し、手術の過程において、3次元画像と術野の位置関係をリアルタイムにコンピューター上で処理することで、手術を補助する目的で用いることをいう」という文言があります。

ーーつまり、医療用ナビゲーションとは、3D画像と術野の位置関係がリアルタイムで必要ということでしょうか?

杉本:はい。「K939」の対象術式は、おもに手術用ナビゲーションとして市販されている整形外科や脳外科、耳鼻咽喉科、眼科などが中心です。

一方で、肝切除術や肺切除術も「K939」の対象になっています。しかし現在のところ、これらの手術中に「位置情報をリアルタイムに正確に計算することを目的とした、骨以外の柔らかい臓器を対象とした」手術用ナビゲーション機器は市販されていません。つまり現状は、CT画像を3D画像に変換し、それを見ながら手術をする、いわば「地図を見ながらの手術」をしていることになりますが、これも「ナビゲーション」と呼ばれているのです。

ーーそれが、地図だけどナビゲーションになっていると。

杉本:もちろん、実際の「ナビゲーション」でなくても、「地図を見ながらの手術」が、患者にとって有益であることは間違いありません。地図を見ながら手術を実施することを推奨するという意味では、それらの術式に対して診療報酬の点数をつけることは意味のあることだと思います。「ナビゲーション」と呼ぶかどうかは、本質的な問題ではないのです。

■XRを活用する手術ナビゲーション


ーーHoloeyes社が手がける手術支援サービスについて教えてください。

杉本:私たちが提供するサービス「Holoeyes MD」は、XRデバイスなどに患者の臓器や病変を3Dで提示するというものです。

CTやMRIなどの医用画像を使用してパソコン画面上に擬似的な3次元画像をつくるということは、これまでも行われてきました。私たちのサービスでは、3次元画像をもとに作成したポリゴンデータを私たちのサービスサイトに送信すると、XR用画像(アプリケーション)に自動で変換。変換されたデータを汎用VRゴーグルやMRグラスなど各種ヘッドセットにインストールすることで、臓器や病変などの3D画像を「現実空間」上で見ることができます。ヘッドセットに組み込まれたセンサーからの情報を補正計算して、現実空間に重ねて表示できるため、あたかもそこにあるように見えます。

「Holoeyes MD」は、「汎用画像診断装置ワークステーション用プログラム」です。画像提示する画像ビューアとしての医療機器認証(クラスⅡ)を取得していますが、2021年11月現在、まだ「手術用ナビゲーションシステム」としての認証を受けていません。

ーーサービスでは、どのようなことが可能なのでしょうか?

杉本:たとえば、臓器ひとつひとつを色分けできます。

地下鉄の路線図は、正確な縮尺ではありませんが、路線ごとに色分けされ、駅と駅の連結がわかりやすく表示されていて、一見で必要な情報を手に入れられます。

一方で、私たち医師は、いままではCTやMRI、X線などの画像のまま見るしかありませんでした。そこで、手術にもっとも必要な情報は何かを考えました。

手術に必要な情報をひと目で理解できるためには、臓器は色分けされていたほうがいい。しかも「わかりやすさ」は、執刀する外科医それぞれで異なります。がんは緑色、メスを入れる部位は赤い線などのように、個々の執刀医が思い描いたように表示できることが重要だと考えました。

手術に必要な情報がひと目でわかるようにできる

手術に必要な場所だけを抽出する機能や、切除するラインを術前に点線であらかじめ表示したり手書きの文字を書き込むといった機能も、同様に臨床の医師に役立つ画像とは何かという視点から発想したものです。術者自身が事前にこうした情報を画像に“メモ”し、術中にそのメモを見ることができれば、理解が一気に進むと思います。

さらに作成した画像を見たいときにいつでもすぐに見られるよう、クラウドデータベースサービスも提供しています。データにタグ付けをすることで検索も可能です。

データベース化で課題だったのが個人情報の取り扱いです。CTやMRIで撮影されたDICOMデータには、患者の氏名や生年月日など、個人を特定しうる情報が格納されています。CTやMRI画像をそのまま私たちのクラウドにアップロードすると、個人情報の取り扱いが複雑になってきます。

個人情報保護法に抵触しない範囲でのデータのやりとり方法を検討し、臓器ひとつひとつの形態を抽出しポリゴン化して、それをアップロードするという方式を考え出しました。

ポリゴンはxyzの3つの座標からなる数字データなので、個人を特定する情報は含まれません。データをアップロードした医師は、そのデータがどの患者のものか認識する必要がありますが、データと個人の対応表などはアップロードせず、完全に紐付けしないポリシーです。

そもそも個人情報を特定できる生体情報は、個人情報の保護に関する法律施行令に定められています。生体情報とは、DNA、顔の骨格や目・鼻・口など位置・形状で定まる容貌、虹彩、声紋、歩行の態様、手指の静脈、指紋・掌紋などです。臓器の形では特殊な場合を除き、個人を特定できません。

そこに目をつけたのがイノベーションで、いままで医療情報を扱う際にネックとなっていた個人情報の課題を乗り越えることで、誰でも使えるようになりました。

ーーポリゴンの画像に対しては、現場の医師からはどのような反響がありますか?

杉本:ポリゴンで描かれた臓器は似顔絵のようなものです。診断にはより精密なデータが必要です。ただし、私たちはこの技術をまずは治療の場面で活用したいと思っています。これまで放射線科や脳神経、心臓血管領域のカテーテル治療などで、インターベンショナルラジオロジーとして確立してきた、医用画像を治療に役立てるという活用法を、もっと外科医にも身近なものにしていきたいと思っています。

実際、外科医などの臨床医からは、治療時に役立つと好評です。それがナビゲーション、導くということだと思います。

■手術を支える「ガイド」。その使用の最終的な責任は医師がもつべき


ーー先ほど「ガイド」という言葉をご説明いただきました。医療機器における「ガイド」とはどのようなものでしょうか?

杉本:たとえば手術用ナビゲーションシステムに実装されているもので、パソコンの画面上に表示される患者の医用画像にガイドラインを引くものがあります。日本ストライカー社の人工関節手術用の1本アームロボット「Mako(メイコー)」などに使われている技術です。

Makoは、患者の手術前の骨格画像(CT画像)から3次元モデルを作成し、どの程度骨を削り、どのようにコンポーネントを設置するかといった術前計画を立て、それを見ながらナビゲーションシステムに沿ってロボットアームを操作するシステムです。実際の骨の位置とロボットアームの位置の関係を計算し、画面上にガイドを示し、骨を削る位置や深さを確認しながら操作できます。

またHoloeyesでは、現実空間上にガイド線(バーチャルガイド)のようなものを自分で追加し表示できます。パソコンの画面ではなく、手術中の術野に直接重ねて表示できるため、非常に有用性が高いです。なおガイドは、執刀医が自らの責任で置き、あくまでも「参照」という位置付けです。

現実空間上にガイド線(バーチャルガイド)のようなものを自分で追加し表示できる

さらには、自動車のバックカメラモニタに表示されるバックガイド線のように、ゴーグルをかけると機械が骨や臓器の位置を計算して、自動でガイドを引いてくれるものがあれば理想に近いガイドといえます。

しかしこの技術は、医療機器では「自動診断機能」にあたります。システム実装のためには、術野の位置情報が正確に計測され、空中に描く線が絶えず重畳できずれない、そしてガイドに従った手術が患者に害を与えないなどが担保される必要があります。

ーー将来的には、3つ目のガイドの開発をめざされるのでしょうか?

杉本:私たちもこれに近いガイドを開発しています。ただし、それでも最終的な責任は、医師が担保すべきだと思っています。Makoなどの手術ロボットも、医師が最終判断して、ロボットを操作するしくみになっています。

医師が自らの責任でガイドを置くことは重要だと考えています。たとえば、ガイドが正しい位置より2ミリずれたとしても、医師ならば手で触っておかしいと感じたら、ガイドから2ミリずらして手技を施行できます。カーナビでも、表示されたルートがおかしいと思ったら、自分で考えて補正して、うまくいくことがあります。

いま医療ではAIの活用が積極的に行われています。AIが過去のデータから、ガイドを置く位置を正しい判断できるようになれば、いずれは自動化できる日が来るかもしれません。

ただしWHOは、AI医療でも最終的に責任をとるのは医師であるべきと明文化しています(「健康のための人工知能の倫理とガバナンス〔Ethics and governance of artificial intelligence for health〕」)。AI分析の結果とそれに対する医師の指示に対して、患者の同意が得られた場合、その治療を実施してよい。AIがどのように診断しても、最終的な責任は医師にあるということです。私たちもこのスタンスで開発を進めています。

いずれにしても、人間である医師が、システムや情報を積極的に利用し、複数の医師同士での共有が進み、これまで蓄積されてきた医療技術の暗黙知が、形式知と融合していくことを期待しています。この共有する仮想空間を最近はメタバース(Metaverse)と呼び、誰もがアバター(分身)を利用して、現実と等価な社会活動やコミュニケーションが可能です。Holoeyesではこのような世界観を提供したいと思っています。



杉本真樹(すぎもと・まき)
医師・医学博士、起業家。帝京大学冲永総合研究所教授、Innovation Lab 室長、Holoeyes株式会社取締役兼COO兼CMO。外科医として臨床現場から、医療・工学分野での最先端技術の研究開発と医工産学連携による医療機器開発、医療ビジネスコンサルティング、知的財産戦略支援や科学教育、若手人材育成などに精力的に活動。医療・工学分野での最先端技術開発で多数の特許、学会賞などの高評価を受ける。著書に『メスを超えるーー異端外科医のイノベーション』(東洋経済新報社)などがある。
WRITTEN by

加藤 泰朗

1973年生まれ。人文系・建築系・医学看護系の専門出版社を経て、独立。
フリーランスとして、編集・ライティングを行う。
難しいことを楽しく、わかりやすく伝えることを大切にしています。
杉本真樹医師に聞くXRの医療活用の未来像

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