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加藤 泰朗 2021.10.8
杉本真樹医師に聞くXRの医療活用の未来像

VRの医療活用のロードマップ【vol.1】

医師であり、Holoeyes社を共同創業し、医療画像解析や医療VRシステムなどの開発を手がける杉本真樹氏に、VRの医療活用の未来をお話しいただく新連載。第1回は、日本におけるVRの医療活用の現状と課題、そして今後の展望をうかがった。

■厳密な言葉の定義より、どこで何を体験するかが大切


――日本でもVR、AR、MRという言葉はだいぶ浸透してきました。一方で、言葉の定義は定まっていないようにも感じます。

杉本:たとえば、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉も、「デジタライズ」と同義ととらえ、PDF化された書籍のように文章がデジタル化されるだけでDXと呼ぶ人もいます。

言葉の使い方は人それぞれ。VR、AR、MRも同じで、いろいろな人が、その人なりに整理しています。正解はありません。一般的には、次のように考えることが多いと思います。

VR(virtual reality:仮想現実)は、専用ゴーグルをかぶり、そこに投影されるCGなどで描かれたデジタル空間のなかでデジタルコンテンツを見られます。AR(augmented reality:拡張現実)は、現実を映した画像を背景にデジタルコンテンツを画面に重ねて見られます。MR(mixed reality:複合現実)は、現実空間のなかでデジタルコンテンツをあたかもそこにあるかのように見られます。

――デジタルコンテンツをどの世界で見ているかという定義ですね。

杉本:時間と空間の整合性がとれているかで定義することも可能です。

たとえば、AR用のデバイス「Google Glass」は、透明なグラスに文字などを浮かび上がらせていましたが、文字などはあくまでもグラスの決めた位置に投影され、見ている現実の世界とデジタルコンテンツは、基本的にモニター画面で見るものです。VRゴーグルも同じです。

一方、「HoloLens」などのMRゴーグルは、現実のものに文字やデジタルコンテンツが重なっており、両者は関係性をもっています。ゴーグルが位置センサーにより周囲の空間座標を絶えず計測しているので、見る人が動いても、デジタルコンテンツは動かずその場所にとどまるように表示されます。デジタルコンテンツが現実のテーブルに載っているならば、テーブルを動かすとデジタルコンテンツも下に落ちて現実の床で止まるという感じです。現実にそれがあったらそういう動きをするだろうな、ということが計算されているのです。

MRゴーグルを着用することで、臓器や血管の形が3Dとなって空中に浮かんで見える

――見ているものと現実とのかかわり方も重要だと。

杉本:はい。ただ、こういう説明をすると「見ているもの」、つまり視覚の話になりがちですが、それは一面にすぎません。たとえばVRの本質は「感覚を刺激する」ということです。人間の感覚を物理的に刺激して、物理的な現象を脳に与える、本質的に等価なものを脳が認知するということです。つまり、視覚に限定されません。聴覚、触覚、嗅覚、あらゆる感覚が対象です。痛みや平衡感覚、揺れているといった感覚もそうです。

だから私は、「見る」ではなく「体験」として、
VR=「デジタル空間で、デジタルを体験するもの」
AR=「デジタル画面上で、デジタルと現実映像を重ねて体験するもの」
MR=「現実空間で、デジタルを現実のように体験するもの」
と、背景の主座(メイン)がどこで、何を体験するかが重要だと考えています。

■医療の暗黙知を後世へ。そこでVRの技術が生きる


――先生は、Holoeyes社を創業し、医療の現場にVR技術を導入しようとされています。

杉本:VRの特徴のひとつは、形にとらわれないことだと思います。物理的に物がなくても、脳が「物がある」と感じられる、それがVRの世界です。

思い出や嬉しかった記憶のように、物としては存在しないし、記録できない、言葉にできないものはけっこうあります。VRはそういうものを扱うのにちょうどいい技術です。医療はまさにそういうものにあふれた世界ですね。

――医療とVRは相性がいい、ということでしょうか?

杉本:医療には、暗黙知といわれる、形をなさないものが多いと思います。医療行為や診断技術ですね。

医療は対象となる「人」や「病気」が人それぞれです。人間という同じくくりであっても、個人を比べれば全然違います。からだを構成している臓器や組織の種類は同じでも形や大きさ、位置は人によって差があります。さらにそこに感情や感覚など、不確定要素がたくさん入ってきます。だから医療はむずかしい。

――壊れた機械や建物を直すというわけにはいきませんね。

杉本:そうです。だからこそバーチャルの世界観と相性がいいとも思います。たとえば臨床の前に、非言語的な医療技術のコツなどをバーチャルな世界で体験できるシミュレーションなどは、とても有用だと思います。

もともと人間は、コミュニケーションにさまざまな感覚を使っています。現代の人たちが文字や映像など、画面にとらわれすぎているのだと思います。

■VRの医療活用は今後進むのか? 現在から未来を展望する


――いまVR技術はどのくらい医療に活用されているのでしょうか?

杉本:医療で活用されているVRは大きく2つのタイプがあります。

ひとつは、360度カメラで撮影した実写映像や、CGでつくられた世界を背景として没入するタイプのVRです。フィットネスやランニングなどの健康や介護の分野でよく用いられる技術です。医療分野では遠隔教育などでも利用が広がっています。

もうひとつは、「医用画像」を活用したVRです。CTやMRI、X線画像などの医用画像をもとに、臓器を脳が立体的にとらえられるようにする技術で、私たちHoloeyes社で研究・開発しているのはこちらのタイプです。医用画像はおもにフィルムやパソコン画面で見られており、2Dの世界ですが、これは不自然なことです。患者の内臓や病気は立体なのに平面で見て、そこから立体を類推している。ならば、立体のままに理解できるようにしたほうがいいのでは、ということが研究・開発のスタートですね。

このタイプのVRは、世界的に開発が進んでおり、海外のスタートアップの催しなどでは、無数の企業がさまざまな技術を発表しています。

――ほかに診断・治療という面ではいかがでしょうか?

杉本:現状、VRを医療機器として診断・治療に活用するものは少ないです。治療行為に関してはほとんどないと思います。

ただ手術支援用ロボットでは、おもしろい動きもあります。最近、整形外科領域で使われる手術支援用ロボットの多くに、ナビゲーションシステムが搭載されるようになってきました。

ナビゲーションシステムとは、たとえば治療でスクリューを打ち込む場所にガイドラインを出すといった機能です。VRで再現した解剖図と、手術支援用ロボットから送られてくる3D画像を重ね合わせ、周囲の血管の走行や患部の位置などを、カーナビのように術者にナビゲーションする機能を搭載したロボットの開発が今後進むのではと期待しています。

また、これはずっと先のことになると思いますが、たとえば、超音波など侵襲がない機器を手術台に埋め込み、リアルタイムで患者をスキャンして立体データが作成できれば、VR活用の可能性は広がります。バーチャル空間でバーチャルな患者を事前に手術してみて、その結果にもとづいて現実空間でロボットが手術するということも可能になります。バーチャル空間でシミュレーションできるので、間違えを訂正することもできますし、結果、不要な出血や合併症は減ると思います。

■VRでリッチなコミュニケーションの実現。カギを握るのは?


――VR技術の開発で意識していることはありますか?

杉本:VRに限らないかもしれませんが、コンテンツは複数の医師が同時に見たらどうなるだろうということは意識しています。ひとりがどう見て感じるかではなく、複数の人がどう感じるか、反応するかだと思います。そういう要素をなるべく取り入れるようにしています。

透過型のヘッドマウントディスプレイを装着すれば、臓器の3Dモデルが空中に浮かび、複数の医師が同時に見ることができる

リアルな世界でも、医師はカンファレンスをしますよね。ほかの人の意見を交えながら対象を立体的にとらえられれば、コミュニケーションはリッチになりますし、新しい意見も取り入れられます。VRの世界では、空間的にとらえられるので、より自然なコミュニケーションとなるのです。つまり、体験そのものを大切にしています。その点から、最近はとくにアバター(分身)とメタバース(仮想空間)に注目しています。

――ともに、医療の現場ではまだあまり聞かない言葉ですね。

杉本:アバターは、簡単にいえば、人物を人物ごとバーチャル空間に映し出し、人と等価にふるまうようにしたものです。アバターであれば、物理的な距離も時間的な制限も受けることがありません。

メタバースとは、英語の「超(meta)」と「宇宙(universe)」を組み合わせた造語で、もともとは1990年代のSF作品に登場する仮想空間のことです。最近では、Facebookの共同創業者マーク・ザッカーバーグが、「Facebookはメタバース企業をめざす」といった趣旨の発言をして、注目を集めた言葉です。Facebookはオンライン上で文字や写真、動画を共有するサービスですが、今度は人物のふるまいを空間で共有しようと、2021年8月に仮想空間の会議サービス「Horizon Workrooms」を発表しました。VRゴーグルをかけて、アバターとしてメタバース上のバーチャル会議に参加して意見を交換するなどの利用を想定したものです。

――医療界ではアバターやメタバースは話題になっているのですか?

杉本:まだまだですね。健康診断データをみんなで見ましょうか、という話が出ているくらいで、つまりユーザーとデータが共存していません。医療の世界ではこれからの技術ですね。

ただ、アバターとメタバースは、医療におけるVR活用のあり方を変えると思います。医療の世界でいまVRを活用しているのはおもに医療従事者ですが、アバターとメタバースが当たり前になれば、患者や病気になる前の健康な人が医療に積極的にかかわるようになるのでは、と思っています。

これからの医療において、病気のシミュレーションはとても重要ですが、メタバースはそれが可能になる世界です。たとえばメタバースでは、自分のアバターを仮に病気にして、どのように治療するかをシミュレーションすることが可能です。いま内臓脂肪の数値がこれくらいで、シミュレーションによると5年後10年後こうなるといったことや、2年後に手術した場合と3年後に手術した場合を予測するといったことに活用できます。

もちろん医療の世界にメタバースが入ることには、いろいろと課題もあります。医療は究極の個人情報なので非常にセキュアな環境が求められる。医療はそういうことにとても慎重ですし、運用の規制やルールづくりも重要なため、普及には少し時間がかかるかもしれませんね。

■日本でのVRの医療活用が広がるために必要なこと


――安心・安全を担う医療で、VRなど新しい技術を導入することはハードルが高いと思います。今後どのようなことが必要だとお考えですか?

杉本:日本人の健康意識は高まっていると思います。VRのような技術が医療で広まるためには、まずは健康な人を対象にした「健康×VR」といったコンテンツが広まる必要があります。

そのためには、5GやWi-Fiなど通信インフラのコストをもっと下げるべきです。少なくともWi-Fiはフリーに、携帯電話も水道やガスくらいの手軽さにすべきだと思います。デジタル通信がインフラとして当たり前になる必要があります。

医師側の意識改革も必要です。医師はとにかく保守的な人が多い。国も「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」で、ますます規制を厳しくしている印象です。危ないものを野放しにしろというわけではありませんが、もっと規制緩和されるべきだと思っています。

そのためには医療従事者が「これは安全だ」という証拠を出していくべきだと思うのです。現場から安全性や有効性が正しく発信されていき、多くの声が上がれば規制は緩和方向に進みます。現実に縛られたままでは、何も変わりません。

――新しい技術の恩恵を受けるのは、私たち一般人でもあります。ぜひそのような方向に変わってもらいたいものです。

杉本スマートフォンの発売当初、多くの病院は、電波の影響を考慮して、軒並み使用を禁止しました。これに対して患者が、スマホの使用を制限することは権利侵害だと訴えました。その声を受けて、病院は電波の影響を検証したり、キャリア企業やデバイスメーカーが電波の影響が少なくなるように開発を進め、その結果、安全性に関する基準ができて、最終的にはスマホを禁止している病院のほうが少数派になりました。

患者や健康な人が声を上げることも大切だと思います。


杉本真樹(すぎもと・まき)
医師・医学博士、起業家。帝京大学冲永総合研究所教授、Innovation Lab 室長、Holoeyes株式会社取締役兼COO兼CMO。外科医として臨床現場から、医療・工学分野での最先端技術の研究開発と医工産学連携による医療機器開発、医療ビジネスコンサルティング、知的財産戦略支援や科学教育、若手人材育成などに精力的に活動。医療・工学分野での最先端技術開発で多数の特許、学会賞などの高評価を受ける。著書に『メスを超えるーー異端外科医のイノベーション』(東洋経済新報社)などがある。
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WRITTEN by

加藤 泰朗

1973年生まれ。人文系・建築系・医学看護系の専門出版社を経て、独立。
フリーランスとして、編集・ライティングを行う。
難しいことを楽しく、わかりやすく伝えることを大切にしています。
杉本真樹医師に聞くXRの医療活用の未来像
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