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加藤 泰朗 2021.9.27

「マブ」「ニブ」「ミブ」とはどんな薬?分子標的治療薬を知る

■マブ、ニブ、ミブは、がんの薬だけではない


これまで一度は語尾に「マブ」「ニブ」「ミブ」がつく薬の名前を耳にしたことがないだろうか。たとえば、「トラスツズマブ」「イマチニブ」「ボルテゾミブ」などだ。

マブやニブ、ミブを語尾にもつ薬は、がん治療薬に多い。先にあげたトラスツズマブは転移性乳がん、イマチニブは慢性骨髄性白血病、ボルテゾミブは多発性骨髄腫の治療に用いられる薬である。

しかし、これらの語尾がつく薬=「がん治療薬」というわけではない。たとえば、「ゴリムマブ」は関節リウマチの治療に用いられるし、「オマリズマブ」は喘息治療薬だ。グラクソ・スミスクライン社が2021年9月6日、新型コロナウイルス感染症の治療薬として厚生労働省に製造販売の承認を申請したと発表した「ソトロビマブ」の語尾にもマブがつく。

いったい「マブ」「ニブ」「ミブ」とは、どういう薬なのだろうか? その答えは、医薬品の「一般名(nonproprietary name)」に組み込まれた「ステム(stem)」と呼ばれる基語にある。

■医薬品には2つの名前がある


ステムについて解説する前に、医薬品の名前について、基本を整理しておこう。

医薬品は、一般名と商品名(trade name)の2つの名前をもっている。

商品名とは、簡単にいえば、医薬品の製造販売会社が商標登録した名前のこと。たとえば、鎮痛剤の「ロキソニン」がそれだ。一方、一般名は医療の現場で使われる名前だ。日本で用いられる一般名は、正式には「日本医薬品一般名称(Japanese Accepted Names for Pharmaceuticals:JAN)」と呼ばれる。先にあげたトラスツズマブやイマチニブなどは、JANである。

JANは原則、世界保健機構(WHO)の国際医薬品一般名専門家協議が命名した「国際一般名称(International Nonproprietary Name:INN)」を、字訳基準にもとづいて日本語訳したものである。

字訳基準とは、アルファベット文字に、日本語の読み方をあてた基準のこと。日本の医薬品についての基準は、2006年3月に厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知に定められており、たとえばアルファベットの「b」単独ならば「ブ」、「b+a」ならば「バ」と訳す。思わず舌を噛みそうなJANのトラスツズマブという名前は、INNの「trastuzumab」を訳したものだ✳︎。

✳︎ただし、すべてのJANがINNの字訳と一致するわけではない。これは、INNとJANでは医薬品の命名される対象が異なるためで(INNは医薬品の活性本体、JANは医薬品の原体)、たとえば、ロキソニンのINNは「Loxoprofen」だが、JANは「ロキソプロフェンナトリウム水和物」である。

■ステム「マブ」「ニブ」「ミブ」の意味


ステムに話を戻そう。

ステムとは、薬理学的・化学構造的に類似した薬物群に共通してつけられる語幹のことをいう。医薬品の一般名に使用できるステムは、WHOの『INN Stem Book』に記載されている。そう、「マブ」「ニブ」「ミブ」は、この『INN Stem Book』に登録されているステムなのである。

マブはアルファベットで「-mab」と綴り、その薬が「モノクローナル抗体薬」であることを意味するステムである。同様に、ニブは「-anib」と綴れば「血管新生阻害薬」、「-tinib」ならば「チロシンキナーゼ阻害薬」を意味する。ミブ(-mib)は「プロテアソーム阻害薬」であることを指すステムだ。

モノクローナル抗体薬、血管新生阻害薬、チロシンキナーゼ阻害薬、プロテアソーム阻害薬。むずかしい名前をもつこれらすべては、「分子標的治療薬」と呼ばれる薬である。

■分子標的治療薬とは?


分子標的治療薬とは、細胞のある特定の機能をもつ分子(標的分子という)に対して、特異的に作用するように設計された薬である。薬物の構造や分子量から、「抗体薬」と「小分子薬(低分子阻害薬)」に分けられる。


マブが意味するモノクローナル抗体薬は、細胞の表面や外にある分子(標的分子)と結合することで、標的分子を中和したり活性を阻害するなどの作用を発揮する。

私たちのからだは、体外から病原菌など異物(抗原)が入ると、それと結合する抗体をつくり、無毒化したり排除しようとするはたらき(抗原抗体反応)をもつ。抗体薬はこのはたらきを利用する薬だ。

ちなみに「モノクローナル抗体」とは、抗原がもつ複数の目印のうち、1種類(モノ mono=単一の)とだけ結合する抗体を、人工的に増殖(クローン)させてつくられた抗体のことである。

ニブが示す血管新生阻害薬やチロシンキナーゼ阻害薬、ミブが示すプロテアソーム阻害薬は、後者の小分子薬(低分子阻害薬)に分類される。小分子薬は、抗体薬に比べて分子量が小さい(抗体薬の1/100以下)ので細胞膜を通過でき、細胞内のさまざまな標的分子と結合して、活性を阻害する。

■分子標的治療薬のはたらき


分子標的治療薬のはたらきについて、がん薬物療法を例にして、従来の抗がん剤と比較しながら解説してみよう。

抗がん剤は、簡単にいえば、がん細胞のDNAの複製・合成、タンパク質合成といった「細胞の基本的機能」を攻撃して、死滅させたり増殖を抑える薬である。がん細胞への殺傷力が高い半面、正常細胞の増殖・分裂にも影響が及びやすく、投与によって吐き気や脱毛、皮膚障害、感染症などの副作用が出るといったデメリットがある。

一方のがん治療に用いられる分子標的治療薬は、がん細胞の増殖・転移にかかわる分子(タンパク質など)を標的にする。つまり分子標的治療薬は、がん細胞そのものではなく、「細胞の増殖のメカニズム」に作用する薬なのである。


たとえば、モノクローナル抗体薬は、がん細胞の細胞外で増殖因子(リガンド)や受容体と結合し、がん細胞を増殖させるためのシグナルを送れなくしたり、免疫細胞の標的であることを示す目印となる、などのはたらきをする。小分子薬(低分子阻害薬)は、細胞内に浸透し、細胞内にあるがん細胞の増殖にかかわるシグナル伝達分子と結合して、伝達を抑え、増殖などを阻害する薬である。

分子標的治療薬の作用対象は、がん細胞だけではなく、その周辺細胞にも及ぶ。たとえば血管新生阻害薬は、がん細胞の増殖に大量の血液が必要なことに注目し、がん細胞が産生する血管内皮増殖因子(VEGF)と結合することで血管内皮細胞上にあるVEGF受容体(VEFGR)との結合を阻止し、がん細胞周囲の血管新生を抑えて、がん細胞への血液供給を断つ薬だ✳︎✳︎。

✳︎✳︎血管新生阻害薬は、モノクローナル抗体薬だけでなく、小分子薬(低分子阻害薬)としても開発されている。

■分子標的治療薬は「夢の薬」か


分子標的治療薬は、細胞を直接攻撃するわけではないため、一般的な抗がん剤に比べて副作用が少ないといわれる。

ただし、副作用がないわけではなく、重篤な副作用も報告されている。たとえば、2007年に世界に先駆け日本で承認された肺がん治療薬ゲフィチニブ(商品名:イレッサ)は、使用開始からわずかのあいだで、副作用の間質性肺炎で多くの患者が亡くなり、訴訟にもなった。いわゆるイレッサ訴訟である(ただし、2013年に最高裁によって、国と製薬会社の責任は否定され、原告敗訴の判決が確定した)。

分子標的治療薬の研究開発が始められたのは1990年代、本格的に臨床に使用されはじめたのは2000年代に入ってから。「夢の薬」と期待されているが、歴史が浅いゆえに、まだまだ課題もある。

たとえば、標的となる分子のはたらきについては、いまだにわかっていないことが多い。副作用についても、従来の抗がん剤とは違う有害事象が出ることがあることもわかってきた。

近年、がん治療にかぎらず、さまざまな治療に分子標的治療薬が使われはじめている。今後も、その傾向は続くだろう。分子標的治療薬の研究・利用がよりいっそう進み、適正な使用法、副作用への理解が深まることに大いに期待する。


石川和宏『基本まるわかり! 分子標的薬 改訂第2版』南山堂、2013年
日本がん看護学会監修「分子標的治療薬とケア』医学書院、2016年
宮田直樹『医学品の名前 ステムを知ればクスリがわかる』じほう、2013年
「医薬品の一般的名称の取扱いに関する事務手続等について」
「INN Stem Book 2018」
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WRITTEN by

加藤 泰朗

1973年生まれ。人文系・建築系・医学看護系の専門出版社を経て、独立。
フリーランスとして、編集・ライティングを行う。
難しいことを楽しく、わかりやすく伝えることを大切にしています。
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