創薬
加藤 泰朗 2020.12.9

薬局体験アシスタント「Musubi」で、効率化のその先へ〜株式会社カケハシ代表取締役社長・中尾豊氏に聞く

業務状況や収益の見える化、薬歴業務・在宅業務の効率化、服薬指導・患者コミュニケーション、服薬フォローアップなど、さまざまな機能で、薬局薬剤師だけでなく、患者にも新しい薬局体験を提供するシステム「Musubi」。株式会社カケハシ代表取締役社長・中尾豊氏に、現場の声をフィードバックし、日々進化を続けているMusubiについて、開発への想いをうかがった。

「薬局体験」は「患者さんにとっての体験」と「薬局薬剤師にとっての体験」



──端的に言って、Musubiとはどのようなサービスでしょうか?

中尾:Musubiは、すごく珍しいサービスだと思います。薬局向けのシステムは世の中にたくさんありますが、薬局薬剤師が使いながらも、患者さんや地域の方にも価値を届けるサービスはほかにない。そこが、Musubiの強みだと思っています。

いまの時代、医療従事者は効率化が求められます。一方で、提供する付加価値を最大化するという課題も抱えています。薬局薬剤師の話でいえば、業務の圧倒的な効率化につながるオペレーションの構築と同時に、少ない時間でも個々の患者さんに合った価値あるアドバイスができるしくみをつくる必要があります。

この課題に対して私たちは、薬局での体験とはどういうものか、どうすれば付加価値を提供できるかを考えてきました。薬剤師業務の内容をひとつひとつで考えるのではなく、業務の全オペレーションを設計し直して、より効率化と付加価値を提供するシステムとして開発したのがMusubiです。

──「薬局体験」とは、人を惹きつける力のある言葉ですね。

中尾:薬局体験には、「患者さんにとっての体験」と「薬局薬剤師にとっての体験」との2つがあると考えています。

患者さんの立場から話をすると、薬局への要望で圧倒的に多いのは「できるだけ早く薬をもらいたい」というものです。その一方で、薬に対して悩んでいて、説明を聞きたい患者さんもいます。

つまり必要なのは、すぐに薬をもらえる体制でありながら、わずかな時間、極端な話5秒でもいいから、これをやったら役に立つという情報を、患者さんに伝えられるオペレーションです。Musubiで目指したのは、忙しい患者さんには端的にポイントだけを伝え、相談に乗ってほしい患者さんには、業務の効率化で生まれた時間で薬を渡したあとにしっかりとお話しをする、という薬局体験の実現です。

また、いまお話ししたのは薬局の中でのことですが、患者さんにとっての薬局体験には「外の」体験もあります。むしろ、薬局の外のほうが、患者さんが薬について悩むシーンは多いかもしれません。薬局の中では「早く薬をほしい」と思っても、もらった薬を服用することで調子が悪くなる可能性があるならば、疑問や異常が生じたときに相談したいというニーズが生まれますからね。

もし薬剤師が、どの患者さんが何で困っているかをある程度把握できていて、それを助けられる体制ができれば、患者さんにとってすごくポジティブな体験を提供することになります。これに関しては、Musubiと連動するシステムである、おくすり連絡帳「Pocket Musubi」をリリースしてサポートしています。

患者さん、薬剤師、それぞれへのサービス設計



──薬局外でも薬剤師がサポートしてくれると考える患者さんは少ないのでは?

中尾:そうですね。だから私たちは、患者さんの期待値は低い、まったく期待していないことを前提にしています。患者さんが薬剤師に期待していなかったとしても、気がついたら助けてくれているというサービス設計が目指すところです。

ただそれは、患者さんがすぐに薬剤師に相談できるアプリケーションをつくることではないと思います。患者さんの薬剤師への期待値が低いと、そもそも「相談する」という行為が発生しないからです。

患者さんが薬剤師に相談しようと考える、もう一段階前のアプローチが必要です。薬剤師はこういうときに助けてくれるということを、薬剤師側から発信するファーストステップがないと、「薬剤師に相談しよう」という気づきは患者さんに生まれない。まずは、薬剤師が患者さんに、これに対して大丈夫かという問いかけをしていくことが、大切だと思っています。ファーストステップが薬剤師で、何か具体的な価値提供のジャブを打ってくる、そういう機能をMusubiにもたせています。

──薬剤師にはどのような「薬局体験」を提供してくれるのでしょうか?

中尾:薬剤師の業務は処方薬を出すことと考えている人が多いと思いますが、じつは目に見えないところでたくさんの業務をこなしています。服薬指導の内容などを記録に残す薬歴業務、薬の飲み合わせのチェック、薬の計量などです。医者が出した処方内容のチェックと疑義照会もありますね。

薬歴業務に限っても、薬剤師は毎日30人、40人くらいの患者さんを担当し、話をうかがって、その内容を記録し、自分の考えを残すという業務をしています。患者さんを待たせるわけにはいかないので、服薬指導中に薬歴を書くことはできない。40人の服薬指導が終わったあとに、なんて話をしたかなって、思い出しながら書いています。

でもこれは、現場の人からすると、ストレスを感じるというか、覚えていられないのではと不安になるところなのです。思い出すにしても、時間がかかりますし。

そこでMusubiでは、服薬指導を進めながら、同時に記録に残るしくみを取り入れました。話した内容のログが残せるので、忘れるかもという心理的負担は軽減され、「今回こうならば次回はこれをしよう」と、次のケアを考える時間をつくることができます。本来の薬剤師業務であるネクストアクションへの考察について整理する時間ができ、非常に生産性の高い記録の作成につながります。

「Musubi」導入後のフローチャート。服薬指導と薬歴作成を同時に行えることで、薬剤師がネクストアクションへの行動を取りやすくなることがわかる(カケハシホームページより)

オンライン服薬指導で本当に必要なこと



──9月1日よりオンライン服薬指導が解禁されました。

中尾オンライン化の話になると、「利便性がすべて」となりがちです。でも、その考え方には少しリスクがあると感じています。

オンラインで利便性を提供することはもちろん正しいと思います。早く患者さんに正しい物を届けることはすごくよいことです。

ただ、薬局薬剤師の業務からいえば、患者さんが薬を理解して飲んで、問題が起きないことのほうが上位のゴールだと思います。早く届けても正しく飲めなければ意味がない。理解して飲んでもらうことが重要です。

その点で、オンライン診療やオンライン服薬指導は、とても難しいものだと思います。たとえば患者さんに薬が届いていない状況では、薬剤師がオンラインで患者さんの顔を見ながら服薬指導をしても、たとえば10剤について薬の説明をしなければならないとなると難しいですね。また、処方薬が届いていたとしても、服用するまでに患者さんに薬について理解してもらい、服用中はは必要に応じてフォローアップしなければならない。

利便性のあるインフラを整えるときも、ちゃんと患者さんにわかりやすい、説明しやすい、正しい情報が伝わる、そういうしくみを同時に考えないと、現場のオペレーションが困難になると思います。

DXのゴールは、基本的には付加価値の提供だと考えています。利便性だけでなく、医学として安全性を確保し健康を守るという付加価値を、患者さんに安心感を提供するUXを含めて設計をすることが、DXの本質だと思います。

オンライン診療やオンライン服薬指導ができるようになった、で満足するのではなく、それによって患者さんがより健康になるのか、安心につながるのか、理解が深まるのかというところまで設計できれば、それって日本らしくていいな、と思います。

患者に対するUX(ユーザー体験)を含めて設計することがDXの本質だと、中尾氏は語る

服用中のフォローアップがしやすく、どこでも誰でも守れる状況をつくる


──今後、薬局薬剤師の業界はどのような方向に進化していくとお考えでしょうか?

中尾新型コロナウイルス感染症の文脈で、今後、薬局薬剤師のまわりで何が起こるかについて、かなり考察をしています。ひとつはオンライン化だと思いますが、もうひとつは処方日数の長期化だと思っています。

通院頻度が週1から月1回、2か月に1回と長期化したとして、オンライン診療やオンライン服薬指導を取り入れたとしても、患者にかかわるタイミングは初回の1回です。

ですが、重要なことは、服用を始めてから次の診察日までの2か月間に何か問題点がないか、正しく服用できているか、といったフォローアップをするかです。ここは薬剤師のスキルがすごく求められるところであり、コアバリューになると思います。

服用中のフォローアップがしやすく、どこでも誰でも守れる状況をつくるほうが、医療DXという点で、いいなと感じています。ITを駆使して、2か月間に何が起こっているかを医者の代わりに薬剤師が確認・報告し、それを受けて医者が現状にあった処方をする体制ができれば、患者さんにとってすごく快適な医療体験になると考え、当社としてもそこに力を入れたいと思っています。

また、「指導」に関しても、対面だけでは限界があります。医者のものとは異なる、薬剤師としてパフォーマンスを引き出しやすいオンライン服薬指導のルールをつくり、それに沿ってIT側も整備していくことが重要だと思います。



中尾 豊(なかお・ゆたか)
株式会社カケハシ代表取締役社長。武田薬品工業株式会社でMRとして活動した後、2016年3月に株式会社カケハシを創業。経済産業省主催のジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト、B Dash Ventures主催のB Dash Campなどで優勝し、内閣府主催の未来投資会議 産官協議会「次世代ヘルスケア」に有識者として招聘されている。
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WRITTEN by

加藤 泰朗

1973年生まれ。人文系・建築系・医学看護系の専門出版社を経て、独立。
フリーランスとして、編集・ライティングを行う。
難しいことを楽しく、わかりやすく伝えることを大切にしています。
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