創薬
加藤 泰朗 2022.1.17

驚異的なスピードで新薬候補を特定! 「創薬の常識」を更新するインシリコ・メディシンのAI

■AI創薬のマイルストーン「ISM001-055」


米国のAI創薬ベンチャーであるインシリコ・メディシンは2021年11月30日、オーストラリアでのマイクロドーズ試験(MD試験)✳︎ でISM001-055を初めて健康な人体に投与した、と発表した。

✳︎1990年代後半に英国で開発されたスクリーニング法。超微量の薬物を人体に投与し、新薬候補化合物のなかから最適なものを絞り込む試験。日本においては、2012年から実施されている。

ISM001-055は、インシリコ・メディシンが独自に開発したエンドツーエンド(end to end)✳︎✳︎ のAI創薬プラットフォーム「pharma.AI」によって発見された、ファースト・イン・クラス(画期的新薬)となる可能性を秘めた新規生物学的ターゲットの低分子阻害剤。ターゲットになる疾患は、進行性慢性肺疾患の「特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis: IPF)」である。特発性肺線維症は、呼吸器系の希少疾患で、日本では特発性間質性肺炎の一病態として難病指定されている。

✳︎✳︎「エンドツーエンド深層学習とは、入力データが与えられてから結果を出力するまで多段の処理を必要としていた機械学習システムを、様々な処理を行う複数の層・モジュールを備えた一つの大きなニューラルネットワークに置き換えて学習を行うもの」(西田京介, 井島勇祐, 田良島周平(2018)「エンドツーエンド深層学習のフロンティア」『電子情報通信学会誌』101(9): pp.920-925 )

インシリコ・メディシンのCSOであるFeng Ren博士は、ISM001-055について「われわれが把握するかぎり、AIが発見した新規ターゲットにもとづく史上初の新規分子」と述べ、AI創薬の歴史におけるマイルストーンであると位置づけた。そのうえで、「われわれは生成生物学および生成化学の利用を含むエンドツーエンドのAIを活用したプラットフォームを用いて、新規生物学的ターゲットを発見し、医薬品のような特性を持つ新規分子を生成している。ISM001-055がまさにその最初の化合物であり、近い将来さらに多くの化合物が発見できることを期待している」と、pharma.AIの将来の活躍を展望した。

■驚異的な能力を発揮するAIプラットフォーム


インシリコ・メディシンのAIプラットフォームpharma.AIの驚くべき能力のひとつは、新薬候補特定までの期間の短さにある。新薬のターゲット発見から前臨床候補の特定までの全プロセスを、18カ月で完了させている(しかもわずか260万ドルの資金で!)。通常ならば数年はかかることを考えれば驚くべき速さだ。

じつは、同社のAIが驚異的な能力を発揮したことは初めてではない。2019年にも、同社は独自のGENTRL(generative tensorial reinforcement learning)システムを用いて、わずか21日間で線維症治療に役立つ可能性がある分子を設計したことを雑誌『Nature Biotechnology』に発表し、世界を驚かせている。

ただし、同社創設者でありCEOのアレックス・ジャーヴォロンコフ博士は、Pharma AIの優位性は開発スピードや低コストだけではないという。

「今回達成した成果でもっとも素晴らしい点は、開発コストの削減や開発スピードの向上だけではなく、Pharma AIのプラットフォームが、この段階(新薬候補特定)に達するこれまでの確率の低さを克服できると示したこと。製薬会社が幅広い疾患に対する新たなターゲットを発見し、新たな分子を設計し、臨床試験を実施する例は非常に少なく、私が知るかぎり、これをAIで達成した例はない。前臨床段階でのターゲット発見の成功率は非常に低く、たとえ動物モデルでターゲットが検証されたあとでも、第II相試験の半数以上は、おもにターゲットの選択が要因で失敗している。ターゲット発見は、製薬業界の非常に大きな課題であり、ISM001-055では、複数の前臨床モデルにおける行動および安全性を評価するため、生物学および化学をつなぐエンドツーエンドのAIを利用した」

■AIが開く既存治療薬の可能性


Pharma AIが成し遂げた功績に対して、インシリコ・メディシンの科学諮問委員会メンバーで、2013年にノーベル化学賞受賞者であるマイケル・レビット氏は、既存薬の転用(既存薬再開発:ドラッグリポジショニング)という観点から、次のように評価する。

「多くの場合、治療薬は、Aという病気のために作られた薬がBという異なる病気にも効くと判明するプロセスで偶発的に発見される。AIは情報を検索し、創薬のためのシグナルを探し当てる。この成果は偶然ではなく、再現性のある手法および手順であり、画期的なものである」

新薬の開発には膨大な費用と、時間が必要だ。失敗するリスクも高い。既存薬再開発はいま、医薬品開発において重要なテーマとなっている。

もちろん既存薬再開発は、これまでも行われてきた。古くは、抗血小板薬として使用されるアスピリンは、もとは解熱鎮痛剤として使用されていたものである。新型コロナウイルス感染症の治療薬として用いられている「レムデシビル」はエボラ出血熱の、「デキサメタゾン」は重症感染症や間質性肺炎などの治療薬だ。

こうした既存薬再開発は、これまでセレンディピティ(幸運な偶然)に依存する部分が大きかった。それがいま、AI活用で変わろうとしている。事実、英国のスタートアップ、ベネボレントAIのAIシステムは、わずか数日でリウマチ薬の「バリシチニブ」が新型コロナ治療薬となる可能性を見いだした。

Pharma AIのようなAIシステムの登場で、偶然性に依存しない、既存薬再開発の可能性は今後ますます広がるだろう。AIは、創薬の常識を更新しようとしている。


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WRITTEN by

加藤 泰朗

1973年生まれ。人文系・建築系・医学看護系の専門出版社を経て、独立。
フリーランスとして、編集・ライティングを行う。
難しいことを楽しく、わかりやすく伝えることを大切にしています。
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