診断
加藤 泰朗 2020.10.30

ICTやAIを活用した医療の集約化への挑戦〜ツカザキ病院 眼科 人工知能チームThinkout運営責任者・田淵仁志氏に聞く

2003年の創業時より、⾃作の医療⽤データウェアハウスを使った「医療の集約化」を目標に掲げ、実践してきた、兵庫県姫路市の社会医療法人 三栄会 ツカザキ病院 眼科。彼らの活動において、デジタル技術はどのような役割を担ってきたのだろうか。

ツカザキ病院 眼科の人工知能チームThinkoutの運営責任者であり、自ら年間1000件以上もの手術を行う医師でもある、田淵仁志氏(眼科主任部長)にお話をうかがった。

安全な診療のために〜手術成績を共有するシステム


──創業当初より「医療の集約化」を進められてきました。その歩みをお聞かせください。

田淵:医療の集約化には、大規模な医療に対するオペレーション、なにより情報共有システムが不可欠だと考えました。そこで私たちは、医療用データベースを自作し、自分たちの組織に合わせたICTを作って、それを使うということを繰り返してきました。電子カルテや手術用のデータ管理などの、医療における基幹情報システムの開発です。

システム開発は、多くの人が参加できるテーマです。たとえば、特殊な病気にiPS細胞を使って…というテーマは、医師や基礎医学の研究者しか関われませんよね? でも、手術における顔認証をどの場所でとればミスがなくなるか、あるいは、帳票にこういう文字を加えてはどうかということは、チームで関わることができます。AI活用もこの延長線上にあって、「これをAIでできたら業務はもっと効率化されるのではないか」というアイデアを出しながら進めてきました。

──具体的には、どのような情報共有のシステムでしょうか?

田淵:一例を挙げれば、手術成績を共有するシステムです。すべての手術を動画で記録し、それを医師ではない専門の検査員が分析して、トラブルの比率を厳密に管理しています。各医師の手術評価は数値化され、1カ月に1度、自動的にレポートを生成して、それをスタッフ全員で共有するシステムを構築しています。

医者を集約化するためには、それぞれの医師を同列に扱う必要がありますが、これがなかなか難しい。ヒエラルキー構造ならば簡単に作れますが、それは私たちの目指す集約化には向かないのです。そこで、あくまで「情報」だけを共有するというしくみを採用しています。自分の実施した手術の客観的なデータを、自分も見るけど、他人も見る。その関係性で互いに意見を出し合っています。人のカルテを読んだり、それぞれの診断方法についての視線を互いに感じたりしながら切磋琢磨できるのです。

──大規模な医療となると、安全管理も大きなテーマになります。

田淵:当院の年間の手術数は、1万件を超えます。一般的な眼科の年間手術数は平均で500件くらいなので、かなり多い数です。これだけの手術を安全にこなすために、情報共有システムを発展させながら、安全を毀損しないテクノロジー開発を進めてきました。

たとえば、モニタを各画面に表示したり、手術室だけでなく、外来や病棟でも即座に情報を共有できるシステムを構築するなどの方法をとりました。現在は、患者の顔認証や手術部位の左右確認、眼内レンズのチェック、術式確認に用いるキー画像の画面表示などにAI(ディープラーニング)を活用するシステムを運用し、少なくとも手術の間違いを起こさないように努めています。

「点眼瓶センサー」とAIのメリット

点眼瓶にセンサーを使用することで、その波形を人工知能で解析し、服薬状況を把握する「点眼瓶センサー」

──ほかにもAIを活用されているものはありますか?

田淵:準備しているものに、「点眼瓶センサー」があります。残薬の問題──眼科の治療においては、患者さんが点眼薬を使い切らないまま、または薬を忘れてしまったままになってしまう問題があることは、ご存じかと思います。目薬治療でクリティカルなのは緑内障です。緑内障は中途失明の原因の第一を占め、全国民の5%、80歳以上だと10%を超える、日本の国民病といってもいい疾患です。

しかし、緑内障患者が実際に、処方どおりの回数で目薬をさしているかを確認する方法は、実のところ、ありません。世界に目を向けても、缶詰くらいの大きさのボックスに目薬瓶を入れ、センサーの取り付けてあるボックスのふたを開けると、「目薬をさした」とカウントするシステムがあるくらいです。

私たちがいま目指しているのは、点眼瓶の動きを分析して、点眼を記録するデバイスです。点眼瓶の外側に小型のモーションセンサーを取り付けて動作波形から点眼動作を確認するシステムの開発を進めており、特許申請をしています。AIは、その動作波形の分析に活用しています。以前は動作波形が域値を超えたら「点眼した」とカウントしていましたが、AIを活用することで、精度が非常に上がりました。

もちろん100%ではありません。でも、点眼瓶にならAIを活用できます。いままでは点眼しているかどうか、全く把握できなかったものが、AIを活用することで、98〜99%くらいはカウントできるようになります。2カ月に1回間違えるくらいのレベルなので、影響は少ないといえますね。来年以降の実装を目指して、いま企業と取り組んでいます。

──「精度が100%ではなくても、点眼瓶にならAIを活用できる」とは、どういうことでしょうか?

田淵:AIの最大の問題は、間違えることなんです。私は、AIの性能限界は95%くらいと考えています。以前話題になった、日本の高純度フッ化水素の製造のような神技は、AIには絶対無理なんです。

AIは、その場で人が間違いだと判断できないことには使えないんですよ。眼の右左判定や眼内レンズの間違いは、その場で人が気づくことができますよね。あるいは点眼瓶センサーのように、多少間違っても影響が少ないものならいいでしょう。しかし、医療に限らず、間違っても気づかないものにAIを使うと、わからないままどんどん作業が進み、あとでとんでもないエラーが起こり得るわけです。

一方で、安全性のチェックのように同じ作業を続ける行程など、人が苦手とする分野には適していると思います。同じことを機械のようにやり続けるのは、人間にとってはすごいストレスじゃないですか? 集中力は途切れますし、とくに人間の場合、横の人がOKしたものを自分が否定することができない同調性が生まれるという問題もあります。

AIは、あくまでも「疲れない、非常にコストが安い、集中力が一定という特性を備えた人間」のような存在なんです。そういう点で安全管理は適していますね。

あとは、診断の際の疾患の分類(グレード)にもAIが活用できると思います。数値が2.49や2.51のときに、グレードを2にするか3にするか、境界は曖昧です。人間がやってもバラついてしまう。ですがAIを使えば、少なくとも同一の基準で判定可能になります。

これについては昨年(2019年)、高知大学と共同で、日本眼科アレルギー学会の「結膜充血の評価尺度」をAIが判定するシステムを開発しました。いま、医薬品医療機器総合機構から正式に認証を受けられるよう、働きかけています。将来的に、AIが医者の代わりに診断するという計画も聞きますが、性能限界による間違いの問題をどう改善するかが課題です。だから、AIのメリットが勝つ分野は、いま挙げたような部分においてなのかな、と考えています。

医療の集約化は、医療者のワークライフバランスを完成させる意味でも重要


──今後の医療に対してデジタル技術ができることは何だと思いますか?

田淵:私は、日本の国民皆保険制度以上の医療保険制度はないと思っています。私たちのチームが医療の集約化を目指すのは、国民皆保険制度を守るためでもあります。

ベーシックインカムという言葉を最近耳にしますが、これが進んでしまったら、阿鼻叫喚の世界になってしまうのではないでしょうか。アメリカのように、「保険はすべて自分で、民間でやりなさい」となった場合どうなるか? 今回のコロナ禍で明らかです。保険に入れない方は、病院にかかれずに、亡くなられてしまう。

もちろん、病院に行っても治らない病気は、山のようにあります。ただ皆保険制度があるということで、「お金がないから病気になっても病院に行けない」と思わせない心理的な安心感、支えには必ずなりますよね。だから、それは守りたい。そのためにも医療の集約化や、IoTやAIといった技術を活用して、限られた社会保障費を効率よく利用する試みが重要なのです。

もうひとつ、医療者のワークライフバランスをどう確保するかも、重要な課題です。ひとつの施設に多くの医師を集める、つまり医療の集約化以外にワークライフバランスを完成させる方法は、絶対にないというのが自説です。

近年、医学生の女性の比率が高くなっていると感じます。特に私たち眼科は、皮膚科と並んで女性医師の比率が高い傾向にある。女性の医師が増える時代において、出産など、個々の人生における大切な事態にどう向き合うかが、これまで以上に重要になります。

だから、ICTを使っての同じ時間、同じ場所にいることが不要なミーティングのように、さまざまな働き方を用意する必要があります。その場面にAIが必要になるかはわかりませんが、少なくとも情報共有のシステムは必要だと思っています。

  田淵仁志
  たぶち・ひとし 社会医療法人 三栄会 ツカザキ病院 眼科 主任部長/人工知 能チームThinkout運営責任者。チームではインタビュー内の技術開発のほか、国内・海外の学会へも積極的に参加、多数の論文を発表している。個人としては、広島大学医療のためのテクノロジーとデザインシンキング寄付講座教授、日本眼科AI学会理事、日本白内障屈折矯正手術学会理事としても活動。兵庫県医師会2020年イクボス大賞も受賞している。

●社会医療法人 三栄会 ツカザキ病院 眼科 人工知能チーム
https://www.tsukazaki-hp.jp/care/ophthalmology/ai
印刷ページを表示
WRITTEN by

加藤 泰朗

1973年生まれ。人文系・建築系・医学看護系の専門出版社を経て、独立。
フリーランスとして、編集・ライティングを行う。
難しいことを楽しく、わかりやすく伝えることを大切にしています。
他カテゴリの記事を読む

DXによる医療・ヘルスケアの
変革を伝えるメディア

会員登録

会員登録していただくと、最新記事を受け取れたり、その他会員限定コンテンツの閲覧が可能です。是非ご登録ください。