
北ヨーロッパで進む医療のデジタル化政策
ヨーロッパでいちばんe-Health(情報技術を医療に取り入れ、個々の健康増進をはかる取り組み)が進んでいる国をご存じだろうか。それはバルト海沿岸の小国、エストニア共和国だ。
HIMSSとマッキンゼーが共同で行った、医療業界の専門家500人を対象にした調査「Annual European eHealth Survey 2019」によると、エストニアは、ヨーロッパにおけるe-Healthイノベーションが最も進んでいる国と見なされている。ほかには、デンマーク(昨年までの調査で1位)やフィンランド、スウェーデン、そして前回取り上げたオランダなどが、e-Health先進国と考えられている。
1991年のソ連崩壊後、再独立を果たしたエストニアは、早くから行政サービスのデジタル化やIT産業の育成に力を入れてきた。現在、エストニアの行政サービスは、99パーセントがオンラインで利用できるという(残りの1%は、結婚、離婚、不動産登記に関するもの)。かつてP2Pのオンライン通信ソフトウエアとして世界を席巻したSkypeがエストニアで開発されたサービスであることは、有名な話だ。
早くから整備されたEHRのシステム
エストニアでは、医療分野のICT化も早くから進められた。
2008年には、国内すべての病院での診断・検診結果を電子的に保管するための医療情報制度「e-health system」を導入している。2008年といえば、初代のiPhoneが発売された翌年のことだ。
保管されたEHR(electronic health record)は、エストニア政府が開発した「X-road」と呼ばれるデータ交換基盤を介して、さまざまな医療機関のシステムと連携され、一元化された全国的な医療・健康データベースのように利用することが可能になる。
EHRは、国民の98%が所有する電子身分証明証「electronic ID」(日本のマイナンバーカードのようなもの)の番号とひもづけられており、患者はポータルサイト「e-Patient」から、さまざまなプロバイダから取得した健康データや、医師の診察カルテ、処方箋などを確認できる。医師は複数の医療機関のデジタルデータを閲覧することができるが、どの医師が自分の健康情報にアクセスしたかを患者がチェックすることが可能で、プライバシーにも配慮された設計になっている。
「e-estonia」のサイトによれば、2020年末現在、患者の99%は全国的利用可能なEHRを持っているという。

そのほかの代表的なe-Healthシステム
「e-health system」の開始から2年後の2010年には、電子薬剤処方箋(e-Prescription)制度を導入している。
医師が発行した電子薬剤処方箋は、オンラインで薬局の情報システムに伝えられ、患者は、electronic IDを提示することで最寄りの薬局で薬を受け取ることができる。DO処方の場合、患者は電子メール、Skype、または電話で医師に連絡をとるたけで、医師は繰り返し処方箋を発行することが可能だ。
エストニア国内で発行される処方箋の99%がe-Prescriptionだという。また、2018年12月には、フィンランドの電子処方箋がエストニアでも使用可能になるなど、医療のクロスボーダー化も進められている。
このほかにも、電子救急制度(e-Ambulance)がある。これは緊急時に救急車の電話を30秒以内で検出して、必要な場所に救急車を素早く手配できるシステムだ。緊急時には、医師は患者のIDコードを使用して、血液型、アレルギー、最近の治療、継続的な投薬、妊娠などのクリティカルな情報を読み取ることもできる。
ヘルスIT企業、スタートアップの参入も活発
エストニアの医療のデジタル化には、IT企業、バイオテック、スタートアップなども多数、参入している。
ヘルスITであるdermtest社が開発した「dermtest」は、皮膚や創傷の状態を撮影し、医師と共有することで治療に活用することができる医療画像管理アプリだ。
スタートアップのTempID社が開発したモバイルアプリ「TempID」は、ディスポーザブルなパッチを身体に貼って体温を継続的に測定・記録することで、日々の健康管理に役立てるものである。将来的には医療従事者と直接通信できるシステムを実装する計画だという。
エストニアの健康イノベーションエコシステムを紹介するサイト「connected health」では、ヘルスIT企業、ヘルススタートアップ、ヘルスケアプロバイダなど、7つの分野で活躍する47のパートナーを紹介している。
小国エストニアから学ぶ
国の大きさ(4.5万平方km。日本の約1/9)や人口規模(約132万人。2019年1月)を比較すると、エストニアの事例を単純に日本に持ち込むことは難しい。ただし、今後の日本における医療DXの方向性を見定めるうえで参考になることもある。
たとえば、政府が開発した情報交換基盤「X-road」はその一例だろう。「X-road」の開発思想には、同じようなシステムが複数つくられることを制限するというものがあった。縦割りが根強い行政制度はいうまでもないが、医療のデジタルデータについても、ベンダーによってデータ形式が異なり、医療関係者が共通で活用できるところまではいっていないと思われる。
医療DXは、なによりも患者の健康増進に寄与するためのものである。海外の事例を参考に、状況が少しでも良い方向に向かうことを期待したい。
「e-estonia」
https://e-estonia.com
「Annual European eHealth Survey 2019」
https://europe.himssanalytics.org/europe/ehealth-barometer/ehealth-trend-barometer-annual-european-ehealth-survey-2019
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